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戦鬼たちの海【鉄甲船を作る前の九鬼嘉隆の半生は?】 [九鬼嘉隆]

またもや前回の更新からしばらく経ってしまいました。。
スイマセン。。。

気を取り直して、今回は白石一郎氏の「戦鬼たちの海」から九鬼嘉隆をご紹介します!

ん?九鬼嘉隆って前にやってんじゃん。。

という方。すごい!!確かに以前このブログで嘉隆を紹介しています。
http://sengoku-neta.blog.so-net.ne.jp/archive/c2300445472-1
前回は関ヶ原の戦の時の嘉隆晩年時を紹介しましたが、今回は嘉隆が織田信長に仕えて活躍するまでの前半生について紹介したいと思います。

嘉隆って突然信長の部下になって、志摩国を治めて信長の命で鉄甲船を製造したってイメージがありますよね?実は信長に仕えるまで嘉隆は浪人生活を送っていました。

九鬼家は志摩国に数多くいた地頭の1つで嘉隆には浄隆というお兄ちゃんがいたため、実は九鬼家の直系ではないのです。もともと九鬼家は志摩国内では歴史が浅いよそ者の上、勢力を拡大しようとする嘉隆のせいでだんだん他の地頭に嫌われ攻められるようになります。
そんな戦いの最中、浄隆が死んでしまい、浄隆の幼い子供、澄隆が跡を継ぎ嘉隆は九鬼家を守るためサポートしました。

ところが、、、

地頭達は伊勢の北畠具教の力を借りて、嘉隆ら九鬼家を攻めて領地から追い出してしまいます。。
嘉隆はなんとしても九鬼家を再興し地頭どもを倒そうと寺に澄隆ら家族を残し、桶狭間の戦いで一躍有名になった織田信長に仕えようと信長のもとに来ます。北畠を攻めようとしていた信長にとって伊勢水軍の情報を知っている嘉隆は使えると考え、配下に加えます。

北畠攻めに活躍した嘉隆は志摩攻めも信長にゆるされ、志摩一国を統一しその所領を認められました。
その後の海賊大名としての活躍はご存知の通り。

白石一郎氏は海にまつわる小説を書いていることで有名で戦国モノもいくつかありますが、この小説は前半生のボリュームが多く、細かい海戦の描写もありかなりレベルが高く面白い内容になっていますので、海戦好きにはぜひおすすめしたい本です。

ところで、、、

嘉隆は九鬼家の当主ではないはず。澄隆はどうなったのでしょうか??
澄隆は1584年に若くして死んでいるのですが、実は嘉隆に殺害されたとの噂もあります。。


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